みをつくし料理帖 花散らしの雨・高田郁を読んだ


下馬先の茶屋での話ですが、武家のお抱えの料理人たちは和歌や漢詩にも詳しい。料理は作り手を写す鏡ですからね、色々と身につけておくことです。 —–p212

いわんとすることは、芸の肥やし的にいろんな物事が血となり肉となり自分の成長や表現につながる、ということじゃなかろうかと思う。
それはその通りだと思うのだが、少し角度を変えると、、、”下馬先(社寺・城門などの前で、下馬札が立ててある場所)の茶屋、武家のお抱え”というところが重要かもしれない。
私が料理学校に入るとき、ひとまわり年上だと料亭には就職できないだろうと説明を受けた。とはいうものの、とりあえずどんなものかと銀座の料理屋さんを訪問してみると、「体育会系で、会計資格があって、上場企業勤めの経験があるならカウンター越しにビジネスマンのお客さんと仕事の話の応答できるよね。いいね、それは最高」って予想外の展開が待っていた。(そこには行かなかったわけだけど、)場所や環境によってはそんなことが起こる、それを予測する、把握するのは難しい。

今の時代は”芸”だけでなく本来表に出さない”芸の肥やし”すら”芸”になるのだろうか?
先日、読んだ記事に、若い人を中心に複数のアカウントを持って初対面ではインスタで人柄やセンス、相性や安全性を判断してから相手との距離を決めたりするとあった。

みをつくし調理帖の全10巻の2巻目。相変わらず、読みやすく上手な綴りで、スピーディーな展開であれこれ出来事が起こる。アットホームな中に人情深く涙を誘う成長物語が健在。
大阪と江戸の料理や文化の違い。世代感や身分。大型店と小さな店。いろんな場所や環境での対応もおもしろい見所だと思う。


さっき選挙に行ってきた。冬の超短期決戦といわれる今回の選挙、関東でも当日に雪が降った。外野は好き勝手ことを言って、あれこれ予想が溢れている。さて、結果はどう出ることやら。
状況を把握して対応するっていろいろと難しい。

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